来月7月12日は日本が生んだ放浪の天才画家山下清画伯の命日になります。

亡くなられたのが、1971年なので今から44年前のことということになります。

ちょうどこの時、山下清東海道五十三次を作品にと放浪の旅を続けていた途中で、愛知県は名古屋の熱田神宮までたとりついて、その地で永眠されています。

このあと、清のアトリエを整理したときに残り13枚の絵が出てきたそうです。

今回はこの山下画伯の話す時、これまで何度となく触れられてきた彼の病気、吃音症サヴァン症候群について実際はどうだったのか私なりに検証してみたいと思います。

山下清画伯の吃音について実際の映像で検証

山下画伯の吃音に関しては、彼をモデルにしたテレビドラマや舞台などが「山下清=吃音」というイメージを私達日本人に定着させてしまったのではないかと思います。

私の場合で言うと、もうそれこそ何十年も前に日曜日の夜だったかに放送されていた「裸の大将放浪記」が強くイメージに残っています。

すでにお亡くなりになった俳優、芦屋雁之助さんがランニングシャツに、リュックサックを背負った姿で、片手にはおにぎりを持ちながら「ぼ、ぼ、ぼくはおにぎりが好きなんだな・・・」という山下清像が私の中では鮮明に記憶として残っています。

このドラマのイメージから山下清=吃音症というのが私のみならず、多くの視聴者、日本人に染みこんでしまっているように思います。

で、本当に山下清はドラマで芦屋雁之助さんが演じていたような重度の吃音症だったのか?私は疑問に思い今回調査してみました。

すでに山下画伯は亡くなられているので、ご存命中の映像や音声が残っていないかと探してみたところ、ありました!

 

■動画削除により閲覧不可
※Youtubeより

いつ撮影されたものか分かりませんが、山下清画伯ご本人がお話されている映像です。

時間にして20秒ほどです。

この映像を見て、画伯のお話を聞くかぎり、ドラマで演じられていたような強度の吃音という感じではないように思いました。

私もこれまで吃音の方に何人もお会いしたことがありますが、この山下清画伯より重度の吃音の方はたくさんいらっしゃると思います。

他に山下画伯が実際に話をされている音源を見つけることができませんでしたが、この肉声を聞く限り、これまでドラマで役者さんが演じてこられた山下清とはかなり異なっているように私は感じました。

特に吃音に関しては、昔見てた芦屋雁之助さんが演じている山下清とはかなり異質なものに聞こえます。

長岡花火
長岡花火 / nubobo

山下清とサヴァン症候群

山下清画伯を語るとき、吃音もさることながら、サヴァン症候群に関してもよくあちこちで耳にします。

サヴァン症候群は、ダスティン・ホフマンが出演してヒットした映画「レインマン」で描かれていることでよく知られています。

知的障害、発達障害をもつ方である限られた能力に突出している症状をサヴァンと呼びますが、その能力は記憶や映像、音楽などいろいろなケースが存在します。

山下画伯のケースは、もちろん映像を記憶する能力に突出していたとされ、サヴァン症候群であった可能性が高い人物とされています。

この件にかんしては、かなり多くの逸話が残っているようで、多くの作品を山下清は残していますが、放浪の旅をしながらちぎり絵の作品を現地で制作していたのではないんですね。

旅をしてまわった、その土地々々の風景を清は瞬時に脳に記憶して、旅先から戻り当時のすみかとなっていた八幡学園や、実家で頭に焼き付けた旅先の風景をちぎり絵の作品に仕上げていったそうです。

当時は今のように簡単にスマホなどで写真が撮影できるわけでもなく、あくまで自分の目でみた記憶を頼りに作品を仕上げていたので、その記憶たるや並外れていたものであったことは言うまでもありません。

今回この件について調べて分かったのですが、山下清画伯がサヴァン症候群であったと断定はされていないようですね。

サヴァンの可能性が高い人物だったという見解になってるようです。

当時までこのサヴァンが一般的に認知されていなかったのでしょう。また厳密に検査する機関もなかったのではないでしょうか?

しかし、彼がなくなり40年以上経過した現在、彼の作品を目にして、残り聞伝えられた話の内容を吟味すると、彼はサヴァンであったのであろうと思うしか私はないと思います。

逆にサヴァンでなかった理由というのが、医師や研究者のかたなどが、公表していればそちらを信じるかもしれませんが、現時点で残ってる情報からすると私は山下清はサヴァンだったと思います。

それにしても享年49歳は夭折とよぶにはあまりに若すぎますね。